マタロ

ガウディの知恵の結晶とプッチ・イ・カダファルクの故郷:マタロ

マタロは、バルセロナから北へ約27kmの地中海沿岸に位置する町である.

ガウディの建築を巡る旅では見落とされがちな場所だが、実は彼の出発点を知るうえで欠かせない町でもある。
19世紀後半、この町では繊維産業が発展し、マタロ労働者協同組合が地域経済を支えていた。その起源は1836年に設立された労働者組織にさかのぼり、1865年に正式な組合として設立される。

旗のデザイン

ガウディは組合の旗のデザインも手掛けた(上記写真)、この頃には組合関係者の女性に恋心を抱いたという逸話も残されている。その想いは成就しなかったと伝えられるが、組合との関係は良好に続き、計画そのものはガウディの初期の重要な仕事となった。
1870年代には新たな工場と労働者のための理想的な居住環境を整備する計画が持ち上がり、労働者住宅、工場長住宅、サロン、バー、運動施設、図書館、学校などを含む壮大な都市計画が若きアントニ・ガウディに託された。しかし壮大な計画の大半は実現しなかった。完成したのは二棟の住宅と、1883年に竣工した機械棟および併設トイレである。現在も残るこれらの建物は、若きガウディの創意を伝える貴重な作品となっている。

機械棟外観写真

機械棟外観写真

この機械棟は、いわば限られた予算の中で実現された建築(ローコスト建築)であった。一般にローコスト建築というと、安価な材料や簡易な工法によって建てられる建物を想像するかもしれない。しかし建築の質は予算だけで決まるものではない。むしろ制約が大きいほど、建築家の知恵が発揮されることがある。

機械棟内部写真

機械棟内部写真

機械棟では幅12m、高さ6.6mの無柱空間が求められた。当時であれば鋳鉄を用いて大空間を実現することも可能だったが、地方都市の工場にとっては容易ではなかった。そこでガウディは、安価で加工しやすい木材を主材料とする構造を考案する。
幅1.5m、厚さ8cmの木製パネルを大量生産し、それを三層に重ねる。そして中央の層だけをずらしながら両側をボルトで接合することで、擬似的な放物線アーチを形成したのである。その姿は、中世カタルーニャの石造やレンガ造のアーチ空間を思わせる。バルセロナには、中世から残るティネルの間や旧サンタ・クルス病院、王立造船所など、壮大な組積造建築が数多く存在する。ガウディは学生時代、こうした建築に親しんでいた。マタロの機械棟は、それらの石やレンガによるアーチを、木材というまったく異なる素材によって再解釈した作品と見ることができる。単一素材が連続する組積造を、木片という線材の連続へと翻訳する発想に、若きガウディの構造的な創意が表れている。

内部アーチ②

内部アーチ①

内部アーチ②

内部アーチ②

2007年から保存修復工事が行われ、この建物は現在「ナウ・ガウディ(Nau Gaudí)」として再生された。現代アートギャラリーとして一般公開されており、ガウディ作品のなかでギャラリーとして見学可能な貴重な場所となっている。
そして、この機械棟を訪れたなら、その隣にある小さなトイレもぜひ見逃さないでいただきたい。円形平面を中央で仕切った二室構成で、細長いプロポーションの上部には換気のための開口が設けられている。さらにタイルの寸法に合わせて意匠が組み立てられており、小規模ながらもガウディらしい造形感覚がすでに見て取れる。近年、万博のトイレ設計が若手建築家の作品として広く紹介されたが、ガウディのデビュー作も公衆トイレであったという事実も、どこか微笑ましい。

ガウディ作公衆トイレ

ガウディ作公衆トイレ

もっとも、マタロの魅力はガウディだけではない。ここは、ガウディの往年の名作であるカサ・バトリョの隣に建つ名作カサ・アマトリェ(Casa Amatller)の設計者、ジョゼップ・プッチ・イ・カダファルクの生まれ故郷でもある。現在も市役所のそばに生家が残され、その功績を伝える案内板が設置されている。大学卒業後のプッチ・イ・カダファルクは、マタロ市の建築士として公共建築の設計を手掛けた。旧市街に残る市場「アル・レングル(El Rengle)」(1893)はその代表例である。日本語で列の意味する名の通り、建物は棒状の細長いもので、広場の中央に位置している。普段は閉じているが、お店が開店すると広場に開くため、周囲の路面店も市場の一部となり、広場全体を活性化させる巧みな都市デザインとなっている。

マタロ旧市街の市場「アル・レングル」

マタロ旧市街の市場「アル・レングル」

また近くには「ラ・コンフィアンサ(La Confianza)」(1896)が残る。かつてパスタ店だった現在は菓子店として営業しているが、店内は当時の内装が保存されている。そして驚くべきことに、入口のガラス張りショーケースは、ガウディが1878年のパリ万国博覧会のためにデザインしたクメーリャ革手袋店の展示ケースと瓜二つなのである。

ラ・コンフィアンサ外観

ラ・コンフィアンサ外観

ラ・コンフィアンサ内観

ラ・コンフィアンサ内観

さらに町でひときわ目を引くのが、プッチ・イ・カダファルクの傑作「カサ・コイ・イ・レガス(Casa Coll i Regàs)」(1898)だ。繊維産業で成功した実業家の邸宅として建てられたこの建築は、石彫、鉄細工、ステンドグラスが見事に融合し、カタルーニャ・モダニズム建築の魅力を存分に味わうことができる。

カサ・コイ・イ・レガス

カサ・コイ・イ・レガス

そして私が個人的におすすめしたいのは、町に残る窓やバルコニーの風景である。地中海性気候のカタルーニャは温暖だが日差しが強い。特にバルセロナ通りの邸宅には、目隠しが膨らんだ形状のシャッターや、簾がバルコニーの手すりに垂れかかるようにされていることから、内部を外部へと拡張しながら日差しを遮る工夫がされているといえる。これらは必ずしもマタロのオリジナルとはいえないが、光を和らげながら生活空間を外へ拡張するための工夫が数多く見られる。

マタロの家屋の窓やバルコニー

マタロの家屋の窓やバルコニー

この町を歩いていると、華やかなモダニズム建築から名もなき住宅の窓辺に至るまで、人々が地中海の光と共に暮らしてきた歴史を感じることができる。ガウディの出発点を訪ねる旅は、同時にカタルーニャの日常風景の豊かさを発見する旅ともなるのだ。

Picture of 山村 健(やまむら たけし)

山村 健(やまむら たけし)

1984年山形県生まれ。2006年早稲田大学理工学部建築学科卒業。06-07年バルセロナ建築大学留学。09年早稲田大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。12年同大学院博士後期課程修了。12~15年ドミニク・ペロー・アルシテクチュール勤務。16年YSLA ArchitectsをNatalia Sanz Lavinaと共同主宰。20年より東京工芸大学准教授。26年よりカタルーニャ工科大学客員研究員。博士(建築学)、一級建築士。