「さあ、この塔に登ってごらん。一番上まで行けば、海も山も見えるよ」
父にそう促され、幼いガウディは胸を高鳴らせながら螺旋階段を上っていった。石の階段はひんやりと冷たく、細い光が差し込むその先に、やがて鐘塔の頂が現れる。
たどり着いたその場所から見えたのは、どこまでも広がる地中海の水平線と、ゆるやかに連なるプラデスの山並みだった。中世カタルーニャの栄華を映すかのような、その雄大な風景が、幼い彼の目に焼き付けられた。
サン・ペレ教会からの景色
ここはカタルーニャ州レウス。ガウディが幼少期を過ごした町である。1852年6月25日に生まれた彼は、翌日このサン・ペレ教会で洗礼を受けた。その記録によって、父フランセスクと母アントニアの子、アントニ・ガウディの誕生が今に伝えられている。
母の実家はこのレウスにあり、父の実家はそこから約10km離れたリウドムスという小さな集落にあった。そのため、彼がどちらで生まれたのかは、今なお定かではない。二つの土地のあいだに揺れるその出生の曖昧さもまた、ガウディという魅力に静かな余韻を与えているといえるだろう。
リウドムスにあるガウディが生まれたと言われている家 Mas de la Calderera
当時のレウスは人口およそ2万8000人。タラゴナと並び立つ活気ある都市であった。1850年代には蒸留酒をヨーロッパ各地へ送り出し、1856年にはタラゴナとのあいだに鉄道が開通する。産業と交通の発展が重なり、町は大きな息づかいで成長していた。
一方のリウドムスは、人口3400人ほどの静かな集落である。中世からの歴史を刻む土地ではあるが、ガウディの父の工房はさらにその外れにあった。北へ約2.1km進んだ先に、〈マス・デ・ラ・カルデレラ Mas de la Calderera〉と呼ばれる民家が今も残されている。内部は改装されているものの、建物はなお当時の姿をとどめ、往時の気配を静かに伝えている。
リウドムスにあるガウディの父方の家兼工房 Casa Pairal Gaudí
母アントニアの家系もまた同じ職にあり、ガウディの一族は代々、銅器職人(カルデレロ)として生きてきた。彼らが手がけたのは、蒸留酒を受け、蓄えるための樽や器。火と金属に向き合うその営みのなかで育まれた感覚が、やがて一人の建築家の想像力へとつながっていく。
私に空間を理解する能力があるのは、銅板細工職人の子孫だからだ。父は銅板細工職人だった。祖父も然り。母方の家系にも金属細工の職人がいた。母の祖父は樽作りの職人で、母方の祖父は船乗りだった。船乗りも空間と状況を把握できる人々である。このような何世代にもおよぶ祖先たちが準備期間となったのだ。※1
ガウディ父方家兼工房内部
この言葉からは、平らな銅板という二次元の素材を手で加工し、やがて樽のような三次元のかたちへと立ち上げていく空間的な感覚が、ガウディの血の中に深く刻み込まれていたこと、そして彼自身がそれを誇りとしていたことがうかがえる。
銅器職人の家の前には、オリーブやブドウの木々が地平線の彼方まで続いている。風に揺れる葉のざわめきと、季節ごとに移ろう光の色。その静かな風景のなかで、幼いガウディは自然のかたちと向き合っていたのだろう。
晩年、ガウディは弟子にこう語っている。
花の植木鉢と一緒に、また葡萄やオリーブの樹に取り込まれながら、私は鶏の鳴き声、小鳥のさえずりや昆虫の羽音で元気づけられ、背景のペネデスの山々を眺めながら、私は自然の、いつも私の師匠であるこの自然の全く純粋で快いイメージを捉えるようになった。※2
Riudomsに生えるオリーブの木
幼少期のガウディは病弱で、友人たちが外を駆け回るのを、木陰から静かに眺めるような少年だったという。ガウディの没後、サグラダ・ファミリア教会の模型工房の職長を務めたジョルディ・クソーは、母アントニアが息子に自然へと目を向けるよう導いたと記している。大学卒業直後の1878年、ガウディがデザインした机には数多くの昆虫や生き物が装飾されているが、それは幼い頃に培われた自然へのまなざしの表れだろう。
そのようなガウディの原風景ともいえる場所に触れることができるのが、レウスやリウドムスだ。銅器職人の工房、昆虫や草木に満ちた自然、そして歴史ある建築はすべて、ガウディの源となった場所といえる。
先に触れたサン・ペレ教会は、1512年から1601年にかけて建設されたカタルーニャ・ゴシック様式の建築である。この教会でひときわ人々の目を引くのが、鐘楼へと続く螺旋階段だ。というのも、その造形は、ガウディが晩年に手がけたサグラダ・ファミリアの鐘塔の螺旋階段と驚くほどよく似ているからである。幼い日の記憶が、後年のデザインにどこかで共鳴していると想像がかき立てられるほどだ。
レウスにあるサン・ペレ教会の鐘楼へのら螺旋階段
ガウディセンター外観
現在、サン・ペレ教会のほど近く、メルカダル広場に面してガウディ・センターGaudí Centreが建っている。2007年に開館したこの施設では、ガウディの建築を直感的に理解できる体験型の展示が中心となっている。さらに深く知りたい人には、レウス市立博物館の訪問もおすすめしたい。そこには、若き日のガウディが記した「レウス・ノート」が保管されている。多くの資料が1936年のスペイン内戦で焼失したなか、弟子のスグラニェスに託されていたことで奇跡的に残された、貴重なガウディ直筆ノートである。ガウディ自身の言葉に直接触れられる、ほとんど唯一の資料といえるだろう。また、未完に終わったレウスのミゼリコルディア聖堂のファサード(正面)のスケッチもここに残されている。つまり、言葉と絵からガウディの息づかいに触れることができるのだ。
学生時代の同僚が作成した雑誌(El Arlequin)にガウディが描いた絵
さらにガウディ・センターの隣には、カサ・ナバスCasa Navasが建っている。これは紡績業で成功を収めたホアキム・ナバスとペパ・ブラスコが、ガウディと同時代の建築家リュイス・ドメネク・イ・モンタネールに設計を依頼したもので、1901年から1908年にかけて建設された。バルセロナのカタルーニャ音楽堂と同時期に手がけられたこの建物は、ドメネクの円熟期を代表する傑作のひとつに数えられている。
カサ・ナバス内部
バルセロナから日帰りもしくは一泊して、レウスそしてリウドムスへとガウディの原風景に出会う旅も、新しいカタルーニャの魅力を我々に伝えてくれるだろう。
1984年山形県生まれ。2006年早稲田大学理工学部建築学科卒業。06-07年バルセロナ建築大学留学。09年早稲田大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。12年同大学院博士後期課程修了。12~15年ドミニク・ペロー・アルシテクチュール勤務。16年YSLA ArchitectsをNatalia Sanz Lavinaと共同主宰。20年より東京工芸大学准教授。26年よりカタルーニャ工科大学客員研究員。博士(建築学)、一級建築士。