メイン写真

カタルーニャ食紀行 vol.2|革新と伝統が交差する場所——マール・イ・ ムンタニャの食文化

フーディの浜田岳文さんに聞く、カタルーニャ美食の世界

カタルーニャの食文化を一言で表すなら何か。フーディの浜田岳文さんは即座に「革新と伝統の共存」と答える。エル・ブジが世界を変えた地で、いまも先端的なガストロノミーと日常の食が豊かに息づいている。第2回では、カタルーニャ料理の特徴と、浜田さんが愛してやまない季節の食材について語ってもらった。

世界のガストロノミーにおける「最先端の地」

世界のベストレストラン50の歴史を振り返ると、カタルーニャの圧倒的な存在感に気づく。エル・ブジが何年にもわたって1位を獲得し、後継と言えるディスフルタルが1位に輝き、さらにエル・セリェール・デ・カン・ロカも複数年にわたって頂点に立った。一つの地域から1位になる店が3つも生まれた例は、世界に類がない。
「これはもう僕の個人的な意見というより、世界の共通認識だと思います。カタルーニャは世界のガストロノミーにおける最先端の地です。エル・ブジ以降、その方向性を継いだシェフたちが科学技術を生かした革新的な料理を作り続けており、その影響はスペイン全土、さらには世界へと広がっています」

El Celler de Can Roca

©El Celler de Can Roca

マール・イ・ムンタニャ——肉と魚介を合わせる独自の食文化

カタルーニャの食文化でよく使われる「マール・イ・ムンタニャ(海と山)」という言葉。
地中海とピレネー山脈に囲まれた豊かな地形が、多様な食材を生み出している。
「肉と魚介を同じ皿で合わせる伝統料理って、世界を見渡してもあまりないんですよ。ヨーロッパだとイタリアのごく一部とポルトガル、そしてカタルーニャくらいじゃないですかね。他の国では、肉と魚を組み合わせるという発想自体がほとんどない。日本人からすると最初は少し抵抗があるかもしれませんが、食べてみると全然違和感がない。むしろ相性が抜群なんです。肉のうまさに、魚介の旨さが合わさって圧倒的な美味さにつながるんです。その力強さがカタルーニャの食文化の一つだと考えています。」
このマール・イ・ムンタニャの発想は、世界のシェフにも影響を与えている。
「フランス料理でも今は肉のタルタルと牡蠣を合わせる料理が定番になってきていますが、あれは元々フランスの伝統にはなかったもの。スペインやカタルーニャの影響もあったのかもしれませんね。」

マール・イ・ムンタニャの食材たち

マール・イ・ムンタニャの食材たち

フーディーの浜田さんを虜にしたカタルーニャの食材たち

カルソッツ、ギサンテ、ガンバス・デ・パラモス——季節を食べる喜び
浜田さんがカタルーニャで特に愛する食材を挙げてもらうと、次々と固有名詞が飛び出してくる。

カルソッツ(長ネギ) 「冬から春にかけてのカルソッツが大好きで。もうカタルーニャどころか、今はスペイン中で食べられるくらい有名になってしまいましたが、本場で食べたいんですよね。毎年1月末にバイス村でカルソッツ祭りというのがあるので、いつかぜひ行きたい」

カルソッツ

カルソッツ

ギサンテ(グリーンピース) 「1月から3月~4月ぐらいにかけて出るマレスメ産のギサンテは本当に素晴らしい。春の訪れを感じることができる食材。生でも美味しいし、薪焼きで、網に挟んで直火で焼くのも絶品です。あれを食べてしまうと、日本のグリーンピースはどうしても……(苦笑)。プチっとしたフレッシュ感は本当に別格ですよ。最後の晩餐だったら、ギサンテを山盛り食べたい。」Floretaなどの在来種で、甘みがあり優しい味のグリーンピース。『緑のキャビア』という別名を持つ。
緑のキャビアという異名を持つギサンテ

緑のキャビアという異名を持つギサンテ

ガンバス・デ・パラモス(パラモス産のエビ) 「これはもうシェフたちの間で圧倒的な支持を得ている食材です。日本の海老とはサイズもミソの濃厚さも全然違う。力強さがあって、スペインの有名店が地元にエビがあっても、わざわざパラモス産を使うくらい。パラモスに食べに行く価値がある食材です。」

パラモス産のエビ

パラモス産のエビ

秋冬こそ狙い目——ジビエとトリュフの豊かさ

あまり知られていないが、カタルーニャの秋冬も実は食の宝庫だ。
「ガロッチャ地方のジビエは素晴らしいものがあります。狩猟文化があり、それを調理する文化も根強く残っている。ヨーロッパには禁猟になってしまって食べられるジビエの種類が限られるところも多いので、貴重だと思う。あとは、トリュフですね。秋にはキノコ類も豊富で、車で田舎を走るとキノコを売りにしたお店があったりするんですよ。日本の方はキノコの種類に慣れ親しんでいるので、おすすめです。」
食目的であれば、夏は実は最もおすすめしにくいシーズンだとも浜田さんは言う。
「食材という意味では、夏が一番難しいんですよ。食材が少ないし、海水温が上がって魚介の質も落ちる。でも夏は観光シーズン。食を目的に行くなら、断然夏以外をおすすめします。少々天気が悪くても、食が目的なら全然気にならない。屋内でゆっくり食べる時間や郊外のドライブなど、楽しめるものが他にあるので、夏に行くのはもったいないと思う。」

黒トリュフ

黒トリュフ

パン・コン・トマテ ― シンプルだからこそ際立つカタルーニャの食文化

季節の食材について語ってきた浜田さんだが、カタルーニャを代表する料理として忘れてはならないものがある。それが「パン・コン・トマテ」だ。
「料理で言えば、やはり印象に残るのはパン・コン・トマテですね。あんなにシンプルなものなのに、こんなに美味しいものがあるのかと驚きました。パン、トマト、オリーブオイル、ニンニク、塩のみで成立する料理なんです。」
焼いたパンに完熟トマトを擦りつけ(ニンニクはお好みで)、オリーブオイルと塩をかける。材料も作り方も驚くほどシンプルだが、それだけに食材そのものの質が味を左右する。
「カタルーニャならどこへ行っても食べられますし、トマトだけなのに、食材の力強さを感じることができる。日本人の口にもきっと合うと思います。」
さらに浜田さんは、ブティファラやフエといったカタルーニャならではの豚肉加工品(ソーセージ)もぜひ味わってほしいと話す。こうした素朴な郷土料理やシャルキュトリーからも、カタルーニャの豊かな食文化と食材へのこだわりを感じることができる。

国民食のパン・コン・トマテ

国民食のパン・コン・トマテ

冬のカルソッツ、初春のギサンテ、秋冬のジビエとトリュフ。そして一年を通して人々の食卓に寄り添うパン・コン・トマテ。革新と伝統が共存するカタルーニャには、訪れる季節ごとに異なる美味しさとの出会いがある。何度訪れても新たな発見があることこそ、この土地ならではの魅力である。

Picture of 浜田 岳文(はまだ たけふみ)

浜田 岳文(はまだ たけふみ)

1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国イェール大学政治学部卒業。
これまでに世界128カ国・地域を訪問し、1年のうち5カ月を海外、3か月を東京、4カ月を地方で食べ歩き、国内外のメディアで食と旅に関する情報を発信している。2025年11月より「世界のベストレストラン50」および「アジアのベストレストラン50」日本評議委員長に就任。海外レストランサイトのレビュアーランキングでは8年連続1位を獲得し、世界的美食家として知られる。
2024年6月、『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』(ダイヤモンド社)を出版。