三人の大いなる夢

「俺は修道院全体の再生計画を書くから、リベラは失われた蔵書目録をまとめてくれるかい。アントニは建物の再生案を描いておくれ。」

そんな会話が、本当に交わされていたのかもしれない。

 

1870年、17歳のアントニ・ガウディは、幼なじみのエドゥアル・トダ、ジョゼップ・リベラ・イ・サンスとともに、荒廃したポブレー修道院の再生計画をまとめていた。

三人はレウスの学校時代からの親友である。ガウディが9歳の頃、サン・フランシスコ修道院に属する学校へトダが転校し、その翌年にはリベラも加わった。卒業後、それぞれの人生は大きく分かれる。トダは法学を学び、後に中国、マカオ、エジプトなど各地で活躍する外交官となる。一方、リベラは医学を修め、マドリード大学医学部教授や小児科病院院長を務める医師となった。そしてガウディは建築家への道を歩み始めた。

1869年にガウディはバルセロナへ進学したが、翌1870年、帰省した際に取り組んだのがポブレー修道院の再生計画だったと考えられている。

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ポブレー修道院は、カタルーニャ建築史を語るうえで欠かすことのできない存在である。12世紀に創建されたシトー派修道院で、ポルトガルのアルコバサ修道院と並び、中世修道院建築の理念が完成した代表例として知られる。

シトー派の修道士たちは、エジプトで隠遁生活を送った聖アントニウス大修道院長にならい、従順・清貧・貞節を誓いながら共同生活を送った。寄進が集まるにつれ、図書館や病院まで備えた巨大な修道院へと発展したが、1835年、カルリスタ戦争に伴う反教会暴動によって襲撃される。墓は暴かれ、石材は持ち去られ、建物は無残な廃墟となってしまった。

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その荒廃した姿を前にして、まだ十代だった三人は「どうすればこの修道院を再生できるか」を真剣に考えたのである。

現在残る報告書は、近年の研究によって三人の共同制作だったことが明らかになっている。トダは修道院全体の再生計画と運営構想をまとめ、リベラは失われた蔵書の目録や文献を整理し、ガウディは建築図案や紋章を担当したと考えられている。

建築図案

建築図案

紋章

紋章

この報告書が興味深いのは、単なる修復案では終わっていない点である。

第一に、修道院を観光資源として活用し、文化財を維持するための収益を確保しようという発想が盛り込まれている。当時としてはきわめて先進的な文化財活用の考え方であった。

さらに注目すべきは、修復期間中、職人だけでなく芸術家やその家族も修道院で共同生活を送り、一つの共同体を形成することを提案している点である。建物だけを修復するのではなく、人が集い、文化が育まれる場そのものを再生しようという構想だったのである。

誰の発案だったかを断定することはできない。しかし三人が十代でここまで現実的かつ未来志向の計画を描いていたことには驚かされる。

この計画は、後の人生とも興味深い一致をみせる。外交官となったトダは退職後、実際にポブレー修道院再建運動の中心人物となり、修復財団の名誉会長として現在の姿へと導くことになる。十代の夢を、自らの人生をかけて実現したのである。

では、この場所を訪れた若きガウディは、何を見ていたのだろうか。

現在のポブレー修道院は、装飾が少なく峻厳な印象を受ける。しかし、それこそがガウディにとって最も魅力的だったのではないかと思う。

修道院内回廊

修道院内の柱

修道院内の柱

ロマネスクからゴシックへ移り変わるこの修道院では、尖頭アーチによる大架構が力強く空間を支えている。柱からアーチへ、アーチから屋根へと流れる力の方向が、余計な装飾によって隠されることなく、そのまま建築として表現されているのである。

後年のガウディは、構造そのものを建築表現へ昇華させる建築家となる。その原点をたどれば、この十七歳の夏、廃墟となったポブレー修道院で、建築の骨格そのものが生み出す美しさに出会ったのかもしれない。

ポブレー修道院は、ガウディの作品ではない。しかし、ガウディという建築家が何を見つめ、何を未来へ思考しようとしたのかを知ることのできる、静かな出発点としてみることができるだろう。

 

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山村 健(やまむら たけし)

1984年山形県生まれ。2006年早稲田大学理工学部建築学科卒業。06-07年バルセロナ建築大学留学。09年早稲田大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。12年同大学院博士後期課程修了。12~15年ドミニク・ペロー・アルシテクチュール勤務。16年YSLA ArchitectsをNatalia Sanz Lavinaと共同主宰。20年より東京工芸大学准教授。26年よりカタルーニャ工科大学客員研究員。博士(建築学)、一級建築士。