世界中から観光客が集まるテラスのコスモポリタンな雰囲気、ガウディに代表されるモデルニスモの街並み、きらびやかなショッピングモール、贅沢を極めたヨットが並ぶハーバー……。そんなバルセロナのイメージがカタルーニャを代表する風景か、というと実は違うのかもしれません。カタルーニャ州はスペイン第6番目の面積を誇りますが、海岸沿いはリゾート地としても名を馳せる場所が多いものの、内陸を知らずにカタルーニャ州を語るなかれ。
州内北部はピレネー山脈を有し、このところの温暖化もあり真に涼しいバカンスを求める人々が向かう場所でもあるのです。壮大な大自然の中に身を委ねるのは旅行の醍醐味の一つですが、それが可愛らしい列車で移動できるとなると、旅の思い出も盛り上がります。それが、リェイダLleida駅からピレネー山脈の入り口であるポブラ・デ・セグールPobla de Segurまで春〜秋の週末に一日一本だけ運行している湖列車「Tren de llacs(トレン・ダ・リャックス)」なのです。
かつて20世紀初頭にフランスの南サン・ジロン市とスペインの南アンダルシア州のバエサ市を鉄道でつなげるという壮大なプロジェクトがありました。このプロジェクトはスペインの市民戦争(1936年〜39年)などの影響もあり結局は実現せずに終わるのですが、そのプロジェクトのはじめのころに(1924年)作られたのが、リェイダ〜ポブラ・デ・セグールの89kmの路線です。湖列車はこの路線を利用し、全行程で40本のトンネルと75本の橋を通過するという約2時間の旅を楽しめます。線路はセグラ川をなぞるようにくねくねと曲がり、行程内には4つの湖が川沿いに現れます。後半に車窓から眺めるピレネーの入り口であるモンセック山と、美しい湖面の風景は、どこで写真をとっても絶景です。
列車のタイプはノスタルジックなディーゼル機関車10817号と10820号、もしくは近代的なパノラミックビュー列車を時間によって選ぶことができます。このディーゼル機関車は60年代から使われているものですが、起動時に軽快な動きをするということで、同時期の流行歌「チカ・イェ・イェ」(日本語で訳すなら、イケイケガール的な意味)から名前を取って、列車好きの間ではイェイェと呼ばれていたとか。時間に焦らず車窓を眺めれば、古いワゴンの揺れも、楽しい音楽となるでしょう。一方車内からパノラミックビューを楽しめる近代的な列車も捨てがたい。往復で列車のタイプを変えるのもよいかもしれません。
列車は途中バラゲー駅に停車しながら、旅の終点のラ・ポブラ・デ・セグールに到着します。この村は人口約3000人。ピレネーの入り口にあたります。GPSもいらないほどの小さな街で散策も魅力。毎年7月の週末には、カタルーニャの無形文化遺産「いかだ流し」が楽しめます。村を流れるノゲーラ・パジャレサ川は、セグラ川に続きスペイン最長のエブロ川へ流れ込みますが、この流れを利用して18世紀の最盛期にはピレネー麓の良質な木材が地中海岸沿いのタラゴナまで運ばれていました。湖列車が通るルートと同じ行程が川下りのルートだったのです。
Raiersという無形文化遺産いかだ流し
そんな歴史を感じながら町を歩くと、小さな村にもかかわらず、ロマネスク教会サン・ミケル・デ・プイSan Miquel de Puiを始め、いくつもの教会や礼拝堂が点在しているのに気がつくでしょう。地理的にも産業的にも決して楽ではなかったであろうこの山奥の静謐な空間で、古くから人々がひとつの平和を見出したことが伺えます。カタルーニャ州には多くのロマネスク教会が残りますが、南フランスから伝わったこの様式をピレネーの麓で味わえば、その歴史も深く記憶に刻まれるでしょう。
この土地では林業の他にも、農業・畜産業が古くから営われてきました。広大な自然で放牧されている羊たちの乳で作られるチーズ「ケソ・セラッ」やパプリカを使わない白いソーセージ「ブティファラ(フレッシュソーセージ)」や「フエッ(乾燥熟成ソーセージ)」の試食も、必ず含めたい体験のひとつ。山脈に囲まれた澄んだ空気の中での、シンプルな料理は五感にじっくり染み込みそうです。
ラ・ポブラ・デ・セグールの中心部
スペイン国内では高級列車を使う長い旅がカンタブリア海沿いや、アンダルシアなどで楽しめますが、リェイダの湖列車は短い滞在期間を充実させたい人にお勧めです。バルセロナからリェイダーピリネウス駅までは列車(AVE, ALVIA、AVANT等)で約1時間ほどの距離。都会の喧騒を後にしながら山の奥深くまで列車で入っていく隔世の感はカタルーニャならではの風景です。春〜秋にカタルーニャ旅行を計画しているのなら、ぜひおすすめの体験です。
湖列車の切符はオンライン予約が可能です。
https://turistren.cat/trens/tren-dels-llacs/#horarisepreus
ポブラ・デ・セグールからリェイダ間は、一日3本〜5本ほど通常の近郊線も走っています。セグール周辺で宿泊して別の日(6日内)普通列車で戻ることも可能。
https://www.fgc.cat/wp-content/uploads/2025/04/horaris-lps.pdf
1995年よりスペイン在住。ライター、通訳、コーディネーター。雑誌「料理通信」「PRECIOUS」「PEN」などへの執筆のほか、「世界遺産」「世界くらべてみたら」「アナザースカイ」などTVコーディネートも多数手掛ける。平成中村座スペイン公演(マドリード、2018年)、OBS(オリンピック放送機構)にてブロードキャスティング・ロジスティックス・マネジャー補佐(東京オリンピック 2021年)を務めるなど、呼ばれればどこにでも行きなんでもやるフットワークと適応性あり。趣味は料理、運動、読書。距離的には遠いスペインと日本を、より身近に感じて欲しいと願いつつ、日々精進中。