コロコロと石畳の上を転がる買い物カゴが一杯になる。なかをのぞくと、アーティチョークや赤ピーマンなどの野菜から、ウサギやイノシシの肉、そしてマテ貝や子ヤリイカなどの日本の一般的なスーパーマーケットでは目にすることがない食材があふれんばかりに詰められている。
そのカゴは、Carretó d’anar a comprarと呼ばれるもので、カタルーニャでは老若男女問わず、スーパーマーケットにいくときの必需品である。しかし、カタルーニャの人々にとっての台所はスーパーマーケットではない。Mercatメルカットとよばれる市場こそが皆の台所なのである。地方都市や集落では一つずつ、バルセロナのような大都市になると地区に一つずつ市場がある。
毎日開店しているが、金曜日の夜と土曜日は買い物客でごった返している。週末に家族そろって食事をするためにお母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんたちが総出で買い出しに訪れるからだ。
野菜や海鮮、お肉などの種類が豊富で、色とりどりに飾られたディスプレイは見ているだけでお腹の虫が鳴き始める。なかにはドライフルーツ、蜂蜜、石鹸など、食品以外の専門店などの出店されている。
香辛料のお店では見たことも聞いたこともないような古今東西の香辛料が陳列されており、かつてカタルーニャが地中海世界の覇権を握った海洋王国でることに気づかせてくれる。そのなかでも我々日本人が感嘆の声をあげてしまうのは、生ハムのお店ではないだろうか。
カタルーニャでは豚を耳から尻尾まで全て食べるといわれており、怖じ気づいてしまいそうな形や部位もきれいに整頓されると、それはまるで豚の解体新書だ。さらにカタルーニャ地方は魚介も豊富である。一匹まるごと捌(ルビ:さば)いてもらっている最中に、ウッカリお勧めの食べ方なんて尋ねてしまうと、スラスラと意外な料理法を伝授してくれたりする。
そして、なんといっても目を引くのは貝類Mariscsだろう。食べてみないとその味は想像できない。それらを本気で楽しもうと思ったらキッチンつきのAirbnbやコンドミニアムに宿泊するのがよい。バルセロナはヨーロッパ屈指の観光都市であり、多彩な宿泊施設がある。郊外の村にいっても、高級ホテルから民宿まで様々にあるから、ぜひ市場で食材を手に入れ、食してみるようなツーリズムが通といえる。
そんな市民の台所となる市場は、バルセロナではランブラス通りに面したサン・ジョゼップ市場(通称ボケリアBoqueria)が有名だ。この市場空間が誕生したのは、1860年とされている。
鋳鉄や鍛鉄がなどの鋼材が建材として使用されるようになった近代の産業革命により、主要構造が石やレンガから鉄に置き換わり、それまでの部材を積み上げる組積造から、骨組みだけを組み屋根を支えるフレームの構造体が可能となったおかげで、天井をすべてガラス張りにし、窓を大きくし、光あふれる透明な空間が創出され始めた時代と重なっている。
食品だけでなくそこを行き交う人々の表情も生き生きと輝いてみえるのだ。さらに、ここではバルも併設されているから、新鮮な食材をその場で食べることができる。ぜひ、市場のバルは立ち寄ってもらいたい。
この他にも、サンタ・カタリーナ市場(1847)、サン・アントニ市場(1876-1882)、ボルン市場(1874-1876)、などがバルセロナにある。サンタ・カタリーナ市場は現代の建築家エンリック・ミラージェスによって改修され、色鮮やかな屋根が内部の市場の風景と呼応していて美しい建築だ。
カタルーニャの北に位置するビッグVICの市場もユニークだ。回廊で囲まれた広場に、仮設のテントがならび市場の風景が立ち上がる瞬間は劇的である。ソーセージのフエットFuetは、ここビック産が有名であり、ぜひこの市場を訪れてそのまま食べてみたい。
普段は薄く切りにし、バゲットにトマトとニンニクをすり潰しそこにオリーブオイルと塩をかけたパン・コントマテに乗せて食べるのが一般的だが、ここまできたら、フエットの丸かじりを体験してほしい。贅沢な食べ方だが、一本2ユーロ程度。多くのカタルーニャ人が「FuetはVic産が一番」と口をそろえるくらい美味だ、ここの広場市場の空気につつまれながら、頬張るフエットこそ、カタルーニャを味わう最高の週末だろう。
1984年山形県生まれ。2006年早稲田大学理工学部建築学科卒業。06年バルセロナ建築大学留学。09年早稲田大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。12年同大学院博士後期課程修了。12~15年ドミニク・ペロー・アルシテクチュール勤務。16年YSLA ArchitectsをNatalia Sanz Lavinaと共同主宰。早稲田大学専任講師などを経て、20年東京工芸大学准教授。博士(建築学)、一級建築士。