魅惑のプリオラート、歴史と神秘のワインツーリズム

スペイン屈指の銘醸地、プリオラートを巡る旅

 9月になると、プリオラートの村々はブドウの収穫の喜びに包まれます。ワイナリーは収穫や仕込みで日夜フル回転。収穫祭を目指して観光客が訪れ、一年で一番活気に溢れる季節です。DOQ(特選原産地呼称)プリオラートは、リオハと並んでスペインの最上級ワインの産地として、世界的に知られている銘醸地です。辺境の地というイメージがあるかもしれませんが、カタルーニャ州の州都バルセロナから南西に約150km、車でおよそ2時間の距離にあり、実は旅行者にとっても意外と訪れやすい場所です。

 

 モンサン山脈をはじめとする雄々しい山々が連なり、伝統的なブドウ品種であるガルナッチャやカリニェナの他、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、シラーなどが急斜面に栽培されています。転落死の危険もある過酷な環境なので、農作業の多くは手作業で行われます。

ポレラ村のワイナリー Celler de L’encastellのブドウ畑

 年間降水量も低く非常に乾燥しており、「リコレリャ」と呼ばれる水はけの良いスレート土壌が、プリオラートのワインの特徴の一つでもある”ミネラリティ”を与えていると言われています。ブドウの粒は小さく凝縮し、収量は他の産地と比べると、驚くほど低いのが特徴です。プリオラートのワインが”高級ワイン”と呼ばれるのも、訪れてこそ、その本質を感じ取ることができます。13年前に初めて訪れ、この地でワインづくりに従事している筆者が、プリオラートの魅力と、ここでしか味わえない特別な体験をご紹介します。

スレート土壌「リコレリャ」に植わる、樹齢120年以上のカリニェナの畑。
エルモラール村 のワイナリーGrifoll Declaraのブドウ畑

歴史を刻むスカラ・デイ修道院。プリオラートはじまりの地

 プリオラートのワイン造りは、ローマ時代以前から行われていましたが、イスラム教徒の支配を経て、キリスト教徒が奪還後、再び本格化したのは12世紀のことです。その象徴ともいえるのが、南フランスのプロヴァンスからこの地に来たカルトジオ会の修道士たちが、1194年に創設したスカラ・デイ修道院です。“聖なる山”という意味のモンサン山脈の麓に建てられたこの修道院は、イベリア半島で最初のカルトジオ会修道院であり、プリオラートのブドウ栽培とワイン造りの発展に大きく寄与しました。

スカラ・デイとは”神の階段”という意味

 「プリオラート」という地名は、“修道院長の領土”を意味し、1835年に修道院の廃止が国から命じられるまで、地域の農民たちは修道院に農産物を納めていました。スカラ・デイ修道院の遺跡は、まるでパワースポットのような神秘的な魅力を放ち、この土地に並々と受け継がれているワイン造りの原点を教えてくれます。

CELLERS SCALA DEIは、スカラ・デイ修道院跡と同じ村にある、ワイナリーで、ワインテイスティングなどが楽しめます。

※要予約

絶景と美食とワイン。この地でしか得られない、至福の時間

 プリオラートは、バルセロナやタラゴナから日帰りでも訪れることが可能ですが、その壮大な自然を満喫するためには、1~2泊の滞在を強くおすすめします。中でも、標高700メートルの断崖に位置するシウラナ村は、「カタルーニャ州で最も美しい村」のひとつとして知られ、周囲の渓谷を見渡す絶景が広がります。シウラナ城跡は、カタルーニャにおける最後のムーア人の要塞であり、その断崖絶壁に築かれた立地から、長い間、攻略不可能とされていました。しかし、1153年、キリスト教勢力による長期間の包囲戦の末、ついに陥落します。この壮大な歴史的背景は、訪れる人々をロマン溢れる時代へと誘います。

ロマネスク様式のサンタ・マリア教会

 また、歴史的な建物をリノベーションして誕生した5つ星ホテル&ワイナリー「テラ・ドミニカータ(Terra Dominicata)」では、ワインテイスティングやブドウ畑でのピクニックを楽しめるほか、洗練されたレストランで地元の食材を使った料理を堪能することができます。修道士たちの歴史を感じさせるこのホテルで、静寂に包まれた贅沢な時間を過ごしながら、プリオラートの豊かな自然と文化に心ゆくまで浸ることができます。

 山々に囲まれたポボレダ村に佇む隠れ家的なレストラン「ブロッツ(Brots)」は、独特の魅力を放っています。ベルギー人シェフのピーター・トルイツ(Pieter Truyts)は、母国ベルギーやフランス、スペインのミシュラン星付きレストランで培った技術を駆使し、地元の厳選された食材を用いたモダンな創作料理を、この地のワインと共に楽しむことができます。シェフのプリオラートへの愛情が伝わってくる、そんなレストランです。

 プリオラート地方の中心都市ファルセットに位置するワインショップ「アギロ・ビナテリア(Guiló Vinateria)」は、DOQプリオラートとDOモンサンのワインを豊富に取り揃えています。ここでは、世界的に著名なカリスマ生産者による貴重なバックヴィンテージがズラリと揃い、ワイン愛好家の心を惹きつけています。店内では有料試飲が楽しめるほか、定期的に試飲会も開催されており、ワインの魅力を存分に堪能できる優良ショップとして、多くの人々に親しまれています。

ロンドンで開催されるインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)Industry Awardsで毎年選出される、

国際的にも認められているワインショップ

プリオラートの体験が、未来を鮮やかに彩ります

 プリオラートの魅力は、ワインにとどまらず、豊かな自然、美しい風景、そして生き生きとした歴史的文化に根ざしています。まるで遠い昔に時が止まったかのような村々や生活が息づくこの地は、都会から訪れる人々の心を捉えて離しません。険しい山々や古い集落が織りなす風景の中で、地元の人々の温かなもてなしを受けながら、伝統とモダンが融合した魅力的な体験を楽しむことができます。また、この地でのワインづくりの厳しさや情熱を、心から感じ取ることができるでしょう。プリオラートを訪れることで、ワインを通じてこの土地の深い歴史や文化に触れ、一生の思い出に残る特別な時間を過ごすことができます。心に残る体験が、きっとあなたを待っています。

原田 郁美(はらだ いくみ)

原田 郁美(はらだ いくみ)

スペインワインと食協会共同代表。山口県出身。大学卒業後、広告代理店でデザイナーとしてのキャリアを積んだ後、スペインに語学留学。バルセロナでの3年間の生活を通じて、スペインワインと食文化に深く魅了され、帰国後は「日本とスペインをつなぐ架け橋」を志して独立。2011年に「スペインワインと食協会」を設立。2012年からはプリオラートでのワイン造り、国際営業マネージャー、スペインワインのプロモーション活動、及び執筆を手掛ける。WSET ® Level 3 (英国政府認定), Spanish Wine Specialist(ICEX-スペイン貿易投資振興機構認定)

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