美食家ダリとシュルレアリスム

世界的な芸術家サルバドール・ダリが愛した町カダケス

 昨年に比べて涼しかったカタルーニャも、ついに夏の日差しがその本領を発揮し始めました。海がより一層青くきらめくこの季節に訪れたくなるのが、バルセロナから北へ車で2時間半、フランスの国境に近い海辺の町、カダケスです。プリオラートを彷彿とさせる狭く険しいウネウネ道を車で通り抜けると、目の前に広がるのは、地中海の魅力に満ちた美しい白い町。カダケスは、20世紀を代表する芸術家のひとり、サルバドール・ダリが心から愛し暮らした地としても知られています。ダリがその美しい風景からインスピレーションを受けたことは有名ですが、漁村としても長い歴史を持つことから、美味しく新鮮なシーフードを、D.O.エンポルダの地元ワインと共に堪能できるという、スペシャルな幸福体験ができるのも大きな魅力です。

カダケスを訪れる楽しみの一つ「コンパルティール・カダケス」の料理。「エル・ブジ」の黄金期を支えたスーシェフ3名、
エドゥアルド・シャトルシュ、オリオル・カストロ、マテウ・カサニャスが創り出す、カダケスの海の恵みをふんだんに使った至福の地中海料理。

幼い頃、料理人を目指していた?ダリの美食人生

サルバドール・ダリ 《素早く動いている静物》 (1956年頃)(※写真は、Dalí Challenge – Barcelona 会場の壁のデジタル映像を撮影したもの)

 ダリの美食への愛は、彼の表現したシュルレアリスム(超現実主義)の世界と深く結びついています。昨年スペインで公開された映画『Esperando a Dalí(邦題:美食家ダリのレストラン)』を観て、”美食家”としての側面も持つダリに対する興味が一層深まりました。ダリの故郷フィゲラスのダリ劇場美術館や、バルセロナで7月いっぱいまで開催されたダリのデジタルアート展でも、彼の絵画には、”食”を題材とした作品が多いことに気づきました。

『Les Dîners de Gala(ガラの晩餐)』1973年初めて出版されたダリのレシピ本は、40年後に再版され、再び世界を驚かせました。

 1973年に、晩年のダリが著した料理本『Les Dîners de Gala(ガラの晩餐)』は、ダリと彼の妻ガラが主催した豪華な晩餐会から触発された136のレシピ本で、自身の絵やドローイングも多数収録されています。これらの奇抜なレシピのいくつかは、パリの一流レストラン、「トゥールダルジャン」や「ラセール」、「マキシム」、「ル・トラン・ブルー」などで実際に提供されていたと知り、その当時からダリが芸術をガストロノミーで表現していたことに感銘を受けました。

 ダリはこの本で、料理に対する愛情や魅力、色彩や造形に対する嗜好を表現し、さらに「6歳の頃、私は料理人になりたいと願っていた」と告白しています。

 裕福な家庭で育ったダリは、父親に連れられて様々なレストランを巡りながら美食への情熱を育みました。料理は彼にとって単なる食事ではなく、アートの一形態として深く感性に刻まれていったのです。ダリにとって料理は、視覚の芸術にとどまらず、味覚と嗅覚を通じて感覚を揺さぶる重要な表現手段でした。彼は「料理は作曲のようなもので、味、香り、色を調和させることで感覚を呼び起こす」と語り、その哲学を時に奇妙で退廃的なレシピに込めています。ダリは、「食べる芸術を、陶酔的な体験に変える」ことを目指したのです。

                          サルバドール・ダリ 《皿の無い皿の上の卵》 (1932年頃)
ダリが生まれる前、子宮内にいたときの記憶に基づいて描かれたと言われています。(※写真は、Dalí Challenge – Barcelona 会場の壁のデジタル映像を撮影したもの)

8月16日公開『美食家ダリのレストラン』グルメな楽しみ方

 映画『美食家ダリのレストラン』が、いよいよ日本で8月16日(金)に全国公開されます。監督のダビッド・プジョルは、かつて「世界一予約が取れないレストラン」として知られ、フーディーを熱狂させた、カタルーニャの三つ星レストラン「エル・ブジ」のドキュメンタリーを制作したことでも知られています。カタルーニャで生まれたダリと「エル・ブジ」のシェフを務めたフェラン・アドリア。「この異色の天才ふたりに、もし接点があったら?」という発想から、この映画が生まれたそうです。

 『美食家ダリのレストラン』は、ダリ在世中の1974年のカダケスを舞台に、アートと料理とヒッピー文化が融合したヒューマンドラマが描かれ、フェラン・アドリアをモデルにしたフェルナンドというシェフが登場します。映画には、ダリの「溶けた時計」や「ロブスター電話」などを模したアートオブジェや、「エル・ブジ」で提供されていた独創的な料理が登場。グルメやアート好きにとって、たまらない作品です。

カタルーニャの前衛的な芸術と、美味しい食とワイン

アントニ・ガウディの代表作《サグラダ・ファミリア》 (1882年着工〜2026年完成予定)

 カタルーニャ州は、スペイン北東部の地中海沿岸に位置し、バルセロナを州都とする独自の文化と伝統が息づく地域です。この地からは、サグラダ・ファミリアのような独創的な建築、ダリの芸術作品、そして世界の料理界に革命をもたらしたレストラン「エル・ブジ」といった数々の“芸術”が生まれました。私が20年前にバルセロナを留学先に選んだ理由も、このカタルーニャの豊かな芸術と“美味しい食とワイン”に心惹かれたからです。

 今年6月、ガストロノミー界のオスカーとも称される「The World’s 50 Best Restaurants 2024(世界のベストレストラン50 )」で、バルセロナの三つ星レストラン「Disfrutar(ディスフルタール)」が世界1位に輝きました。ここ数年、「世界のベストレストラン50」のトップ10に選ばれるスペインのレストランは、他国を圧倒する数で、その中でもカタルーニャのレストランは際立つ存在です。

 さらに、2024年版ミシュラン・ガイドでも、バルセロナは国内で最も多くの三つ星レストランを有し、また一つ星、二つ星も含めた総数では、スペインにある17の自治州の中で、カタルーニャ州は、最も多くの星を誇る美食の地として知られています。

 連載第一回目の8月は、「美食家ダリとシュルレアリスム」をテーマにお届けしました。これから12月までの全5回、カタルーニャの“ガストロノミーとワインの世界”を現地からご紹介していきます。カタルーニャの奥深い魅力を感じる旅に、ぜひお付き合いいただけると嬉しいです。

原田 郁美(はらだ いくみ)

原田 郁美(はらだ いくみ)

スペインワインと食協会共同代表。山口県出身。大学卒業後、広告代理店でデザイナーとしてのキャリアを積んだ後、スペインに語学留学。バルセロナでの3年間の生活を通じて、スペインワインと食文化に深く魅了され、帰国後は「日本とスペインをつなぐ架け橋」を志して独立。2011年に「スペインワインと食協会」を設立。2012年からはプリオラートでのワイン造り、国際営業マネージャー、スペインワインのプロモーション活動、及び執筆を手掛ける。WSET ® Level 3 (英国政府認定), Spanish Wine Specialist(ICEX-スペイン貿易投資振興機構認定)

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