アイトナと聞いたとき、カタルーニャ州のどの県に位置するのかわかる人はなかなかいないでしょう。それほど、まだまだ日本人観光客には未踏の地と言ってもいいかもしれません。
カタルーニャ州リェイダ県は、ピレネー山脈やその麓のボイ渓谷にあるロマネスク様式教会群がユネスコ世界遺産に指定されていることでよく知られていますが、スペイン人に聞いたなら、リェイダ県に桃やスモモのイメージを持っている人も少なくありません。お隣のアラゴン州と合わせて、この一帯は桃やスモモ、ネクタリンなどの果物の産地として欧州内でも、最も重要な産地のひとつ。ことに桃の花の咲き始める春先には、人口2600人の小さな村に、10倍もの観光客が訪れるほど、見事なピンクの絨毯が広がります。
リェイダ県州都のリェイダ市から約20km南下しアラゴン州に隣接するアイトナでは、毎年2月下旬から3月中旬にかけて、4500ヘクタールもの広大な土地に植えられた桃の花が一斉に開花します。見渡す限り、ピンク色の海のような風景。 日本のサクラのお花見は桜の下でピクニックが楽しいですが、アイトナのお花見は、なだらかな果樹園の中を行き先を決めずに、延々とお散歩ができそう。昼間の太陽の下で光り輝く花々を眺めながら歩くのも魅力的ですが、2025年には市役所によるナイトツアーも運営。 幻想的にライトアップされた桃の花の間を、ひんやりとした空気の中散策するのも、一興です。今年は近隣のトラクターをピンクに塗る演出まで登場し、アイトナの花見の人気は、「フルーツーリズム」という言葉とともに、認知度が高まっています。
アイトナでは、この花見の時期から、果実の収穫時期の7月まで、様々な観光要素を取り揃えています。ピンク色の海の上を気球でお散歩するのも特別な体験になるでしょう。もしくは、年間50€で桃やスモモの木の里親になる制度に登録すると、季節ごとに現地を訪れたり、7月の結実の頃には里親になった木から直接収穫をすることも可能。里親になると一本の木から8kgまで収穫可能というから、そのままの桃を楽しむ以外に、自家製のジャムやジュースなども夢ではありません。
その人口からも推し図れるように、アイトナの村は小さく歩いて見て回れる距離ですが、郊外には12世紀建立のアイトナ城跡があり村を一望できるほか、収穫時期ならば村の商店でフレッシュの黄桃やネクタリンはぜひ試したいもののひとつ。その缶詰や瓶詰めなどをお土産に探してもよいかもしれません。
夏にはネクタリンとパラグアイヤと呼ばれる白桃に似た果物をかけあわせた「プラテリーナ」と呼ばれる品種が出回ります。これに出会えれば本当にラッキー。プラテリーナはパラグアイヤのように皮を剥く必要がなく、実は黄桃のように黄色くしっかりとした歯ごたえがあるものの、ジューシーさは白桃そのもの。その美味しさにもかかわらずスペイン国内では流通が少なく、都会ではほとんど見ない品種なので、ぜひお試しの価値ありです。
見渡す限り広がる果樹園のアイトナには、意外にも1938年市民戦争の記録を残したカメラマンとして著名なロバート・キャパが滞在しています。キャパは実際にはハンガリー人の男性カメラマンエルノー・フリードマンと、その恋人でやはり戦場カメラマン、ドイツ人のグレタ・ポホリレが創作した一人の架空の人物ですが、アイトナ市ではこのジャーナリストたちへのオマージュを毎年11月に行っています。キャパの残した市民戦争の写真を参考にしながら、市内を散策するのも、村の歴史を実感する体験になるでしょう。
SNSの影響もあり、アイトナの桃の花見は、年々海外の観光客も来るほどに人気を増しています。バルセロナやタラゴナといった州内人気の観光地も魅力ですが、こうしたカントリーサイドを訪れると、カタルーニャのまた違った魅力に気づくことうけあいです。
■フルーツツーリズム(日本語サイト)
https://fruiturisme.info/ja/
1995年よりスペイン在住。ライター、通訳、コーディネーター。雑誌「料理通信」「PRECIOUS」「PEN」などへの執筆のほか、「世界遺産」「世界くらべてみたら」「アナザースカイ」などTVコーディネートも多数手掛ける。平成中村座スペイン公演(マドリード、2018年)、OBS(オリンピック放送機構)にてブロードキャスティング・ロジスティックス・マネジャー補佐(東京オリンピック 2021年)を務めるなど、呼ばれればどこにでも行きなんでもやるフットワークと適応性あり。趣味は料理、運動、読書。距離的には遠いスペインと日本を、より身近に感じて欲しいと願いつつ、日々精進中。