三つ星レストランが拓く、ジローナの美食革命

三つ星「エル・セリェール・デ・カン・ロカ」が導く、
ジローナの美食ツーリズムの新たな可能性

 ガストロノミーツーリズムで世界的に名を馳せる都市といえば、スペインではバスク地方のサン・セバスティアンが有名ですが、三つ星レストラン「エル・セリェール・デ・カン・ロカ(El Celler de Can Roca)」での体験を通じて、ジローナが美食ツーリズムの街として大きな進化を遂げていることを実感しました。近年、スペインを訪れる日本人の多くは観光地としてバルセロナ、食の目的地としてバスク地方を選ぶ傾向がありますが、バルセロナから高速鉄道(AVE)でわずか40分で行けるジローナは見逃されがちです。特に、「エル・セリェール・デ・カン・ロカ」の予約がなかなか取れないこともあり、ジローナを訪れる機会を逃してしまう方も少なくありません。

 そんな中、フーディーの友人が10ヶ月前からキャンセル待ちしていた貴重な席に誘ってくださり(本来なら11ヶ月待ち)、コロナ禍を経て忘れていた夢が一つ叶うことに。ディナーのためにジローナに宿泊し、ここが単なる日帰り観光地ではなく、豊かな歴史と食文化に彩られた、進化を続ける街であることを改めて知ることができました。

オニャル川と住宅群

中世の趣と、カタルーニャの食文化が交差する街

 スペイン北東部カタルーニャ州、フランスとの国境近くに位置するジローナ。その象徴ともいえるのが、オニャル川沿いに立ち並ぶカラフルな住宅群です。橋を渡り旧市街に足を踏み入れると、中世にタイムスリップしたかのような風景が広がります。迫力あるジローナ大聖堂や石畳の小道、ユダヤ人地区など、街の至る所で歴史の息吹を感じられます。

 また、街にはワインショップやデリカテッセンが軒を連ね、歴史的な建物を活かしたセンスの良いバルやレストランが点在し、豊かなカタルーニャの食文化が息づいていることが歩くだけで伝わってきます。

中世の町並み

ロカ三兄弟が生み出す、究極の食体験

内装

 ジローナ中心部からタクシーで約10分ほど離れた場所に位置する「エル・セリェール・デ・カン・ロカ」は、現代美術館のようにゆったりとした佇まいです。ロカ三兄弟によって運営され、2009年から三ツ星を獲得し、「世界のベストレストラン50」で2度世界1位に輝きました。長男ジョアンがシェフ、次男ジョセップがソムリエ、三男ジョルディがパティシエを担当しています。

左から三男でパティシエのジョルディ・ロカ(Jordi Roca)氏、次男でソムリエのジョセップ・ロカ(Josep Roca)氏、長男でシェフのジョアン・ロカ(Joan Roca)氏

 テーブルには三つの石が置かれ、パンも兄弟の個性を表現した三種類が用意されています。三種類の味わいのコンソメスープが一種類ずつ同じ器に注がれると、ジョアン、ジョセップ、ジョルディの順に横顔のシルエットが器に浮かび上がり、その驚きの演出がまるで物語の序章のようにコースの始まりを彩ります。

3つの顔のスープ1

3つの顔のスープ2

 料理には兄弟の絆や家族の歴史が随所に表現され、洗練さの中に温かさが溢れています。心配りのいきとどいた一流のサービスと、訪れる人々を特別な体験へと誘う一皿一皿は、感動を与えてくれます。

サービス

 現在提供されているのは「フェスティバル」という一種類のコースのみです。15種類のアペリティフには、マンサニージャやパロ・コルタド、アルバリーニョなどが印象的に使われ、ソムリエのジョセップのセンスを感じます。トータル30皿のフルコースで、料理は地産地消の厳選素材を大切にし、旬の味わいを存分に楽しませてくれます。特に、鰹節の技法を活かした野菜の一皿や、ジローナ沿岸のパラモス産の海老を用いた一皿は印象的でした。また、カタルーニャの伝統的な「Mar i Muntanya(海と山= 海と山の食材を合わせる料理法)」は軽やかに進化し、カタルーニャの味わいを最後まで堪能させてくれました。

Toda la gamba

 2022年「世界最高のソムリエ」に選ばれたジョセップのワインペアリングが揃ってこそ、料理が完成する、と教えてくれたサービスの方の言葉は本当でした。カタルーニャをはじめとするスペイン産から、フランス、ドイツ、アルゼンチンまで、全18種類。特に印象的だったのは、プリオラートのマス・マルティネ(Mas Martinet)の「父が造ったワイン(2014)」と「娘のワイン(2021)」を、2種類の鴨料理とペアリングしたもので、ここでも家族の絆や歴史を感じ、感慨深いものがありました。

Mas Martinet Wine

Mas Martinet ワインペアリング

 気がつけば4時間以上経過していました。最後に案内していただいたワインセラーには、世界中の9万本のワインが眠っていて、まるで劇場のような造りに。ジョセップのワインへの情熱とホスピタリティをひしひしと感じました。

世界一の名店を超えて─新しいジローナの楽しみ方

 昨夜の余韻に浸りながら街を歩いていると、ポップな内装が目を引くショップに思わず立ち止まりました。それは、三男のパティシエ、ジョルディが経営するキャンディーショップ「ロカンボレスク(Rocambolesc)」でした。アイスクリームショップは知っていましたが、斬新なパッケージで日持ちするキャンディーやチョコレートを扱う店は、ジローナのお土産としても最適でした。

Rocambolesc

 ジョルディは「ビキニテリア(Bikinitería:ホットサンドショップ)」や、チョコレートショップとブティックホテルが併設された「カサ・カカオ(Casa Cacao)」もジローナ市内に展開しています。また、ロカ兄弟のレストラン「ノルマル(Normal)」ではモダンなカタルーニャ料理をアラカルトで楽しめ、三兄弟の両親が1967年に開店した伝統的なカタルーニャ料理店「カン・ロカ(Can Roca)」など、高級レストランだけでなく多様な食の楽しみ方がジローナでできるようになったのも、彼らのジローナへの愛情の賜物と言えるでしょう。

Anarquia de Chocolate

 また2024年初夏にロカ三兄弟は、郊外のサン・ジュリア・デ・ラミス城に、レストランと15部屋のラグジュアリーホテル、巨大なワインセラーを併設した「エスペリット・ロカ(Esperit Roca)」をオープンしました。レストランではアラカルトや二種類の短めのコースが選べるとのことで、これを聞くとまた近々ジローナを訪れたくなります。

 

 世界一の名声を得ても、彼らは決して立ち止まらず、自らの生まれ育った愛する街ジローナの食文化向上に努め、ガストロノミーツーリズムの可能性を提案し続けています。ロカ三兄弟と共に進化するジローナは、今後ますます世界的に注目されるガストロノミーツーリズムの成功例となると信じています。

原田 郁美(はらだ いくみ)

原田 郁美(はらだ いくみ)

スペインワインと食協会共同代表。山口県出身。大学卒業後、広告代理店でデザイナーとしてのキャリアを積んだ後、スペインに語学留学。バルセロナでの3年間の生活を通じて、スペインワインと食文化に深く魅了され、帰国後は「日本とスペインをつなぐ架け橋」を志して独立。2011年に「スペインワインと食協会」を設立。2012年からはプリオラートでのワイン造り、国際営業マネージャー、スペインワインのプロモーション活動、及び執筆を手掛ける。WSET ® Level 3 (英国政府認定), Spanish Wine Specialist(ICEX-スペイン貿易投資振興機構認定)

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