静謐と絶景 バルセロナから車両で50km サン・ミケル・デ・ファイ修道院

 ガウディ作品やモダニズム建築のイメージが強いカタルーニャ州ですが、州内には様々な別の顔が存在します。バルセロナ県内も、市内から50kmでも内陸に入ると、緑深いカタルーニャを体験できます。

 

 サン・ミケル・デ・ファイ修道院のあるシングレス・デ・ベルティ自然保護区(Espai Natural dels Cingles de Bertí)までの道のりは、バルセロナ市内から車両で約1時間。サン・フェリウ・デ・コディネス市を過ぎたころから、急に山岳地帯に入ってきたと感じるでしょう。道は狭くなり、どんどん周囲の標高も上がっていきます。

 

 断崖の麓の村や、切り立った岩壁にも小さな村落や教会があるのを観察しながらゆく道中で、「モダン」とか「国際的」などという形容詞や、固定観念の中にあるバルセロナのイメージがどんどん薄れていきます。

©Grabado del libro “Voyage pittoresques et historique de l’Espagne”, de Alexandre Laborde (1806). Archivo del Servei de Patrimoni Local de la Diputación de Barcelona

 サン・ミケル・デ・ファイ修道院の歴史は古く、1006年には最初のロマネスク教会が存在していたことが知られています。土地の貴族ゴンパウ・デ・べソーラがバルセロナ伯から土地を譲り受け、修道院を創設しました。

 

 カタルーニャ州のピレネー山脈周辺はスペインの中でもことにロマネスク建築が多いことで有名ですが、この小さな教会が建設されたのも州内にロマネスク様式が確立するころ。

©Iglesia troglodítica de Sant Miquel del Fai. Autor: Iñaki Relanzón / Diputación de Barcelona

 当時の建築はローマ末期の様式や西ゴート族建築の影響を残し、外壁は厚く窓は小さいため室内は自然と暗くなります。装飾性の極端に少ないこの様式は洞窟の中に修道院を作るにあたって、非常に有効だったのでしょう。洞窟を利用して作られた形としては、カタルーニャで唯一の洞窟教会です。

 

 この教会と修道院はその後、1800年代にフランスとの侵略戦争の際には軍事施設として使われ、スペインの市民戦争の際にも軍による占拠で教会部分も修道院部分もその多くの遺産をないがしろにされ、1939年に市民戦争が終わっても1967年まで放置されていたといいます。
 

 その後観光利用が始まりますが、2017年バルセロナ県議会の所有となり、改修を経たあと2024年から一般公開されるにいたりました。

©Puente del río Rossinyol. Autor: Carles Virgili / Diputación de Barcelona

 駐車場から谷間を少し歩いてゆくと、まず迎えてくれるのがロシニョール川をまたぐ可愛らしいロマネスク様式の短い橋。この橋が中世の時代から修道院への唯一のアクセスとして使われてきました。

 

 橋を渡ってパソ・デ・フォラダpaso de la forradaと呼ばれるアーチをくぐると、断崖絶壁の上に修道院の清楚な建物が突如現れます。その脇を流れる滝と水音。絶景とはこのことです。

 

 対面から見える大きな建物は15世紀に作られたゴシック様式の「司祭館(casa de Prior」。じっくり自然の中の全体像を眺めたあと、早速内部を覗いてみましょう。

©Cascada del río Rossinyol, año 2017. Autor: Archivo Diputación de Barcelona

©Cascada del río Rossinyol, año 2017. Autor: Archivo Diputación de Barcelona

 ゴツゴツとした岩が迫る入り口を入ってゆくと、敷地内の温度差にも驚きます。聞こえるのは水音ばかり。岩の形を巧妙に利用して出来上がった小さな教会内に足を踏み入れると、だれもが自然と口をつぐんでしまう圧倒的な静謐。内陣と礼拝堂のヴォールト(丸天井)は18世紀半ばのものです。暑い日に訪れてもこの空間のひんやりとした空気に背筋がのびるよう。水音と薄暗い光の差し込む空間で、修道士たちの集中度は高まったに違いありません。座っているだけでも時間の感覚が失くなり、湿気を吸った壁に、修道士たちの祈りや歌が染み込んでいるように感じます。

©Cueva de Sant Miquel. Autor: Iñaki Relanzón / Diputación de Barcelona

©El escritor Josep Pla, en la plaza del reposo. Autor: Iñaki Relanzón / Diputación de Barcelona

©Antigua puerta de acceso a Sant Miquel del Fai. Autor: Iñaki Relanzón / Diputación de Barcelona

 教会を出たところの敷地内の小さな広場では、カタルーニャを代表する作家ジョセップ・プラの銅像が一休み。カタルーニャ語で土地の魅力を小説やエッセイの形で語った彼の作品にも、この場所が少なからずのインスピレーションを与えたのだとか。

 ここから急な階段を下ると「サンミケル洞窟」にたどり着きます。水と石灰石が作り出す自然の芸術。そして、敷地内を散策しながら、この修道院の象徴ともなる姿、テネス川から流れ出る滝を満喫してください。滝を背中から見る光景もまた一興です。

©Catalan Tourist Board

 この一帯は自然保護区というだけあって、アウトドアが大好きなカタルーニャ人にとっては格好の遠足ルートがいくつも存在します。遠足のゴールをこの修道院にしてみるのも、悪くないプラン。森林浴と滝音のマイナスイオンを一心に浴びたあとは、バルセロナの喧騒に戻るのがちょっと億劫になってしまうかもしれないほど、リフレッシュのできる1日になるでしょう。

-サン・ミケル・デ・ファイ修道院
入場は無料だが、要予約。定員1日200名まで
入場日;土曜日、日曜日、祝日:午前10時から午後4時30分まで (入場は午後4時まで許可されています)
自家用車で来る場合は、駐車用のQRコードも必要
詳細 予約ページ https://parcs.diba.cat/es/web/cinglesberti/reserves-sant-miquel-del-fai

小林 由季(こばやし ゆき)

小林 由季(こばやし ゆき)

1995年よりスペイン在住。ライター、通訳、コーディネーター。雑誌「料理通信」「PRECIOUS」「PEN」などへの執筆のほか、「世界遺産」「世界くらべてみたら」「アナザースカイ」などTVコーディネートも多数手掛ける。平成中村座スペイン公演(マドリード、2018年)、OBS(オリンピック放送機構)にてブロードキャスティング・ロジスティックス・マネジャー補佐(東京オリンピック 2021年)を務めるなど、呼ばれればどこにでも行きなんでもやるフットワークと適応性あり。趣味は料理、運動、読書。距離的には遠いスペインと日本を、より身近に感じて欲しいと願いつつ、日々精進中。