ナガネギをつまみあげサルサにひたしたら、空高く持ち上げ、下からかぶりつく。これがカタルーニャの伝統料理の一つとして有名なカルソッツだ。
カルソッツ(Calçots)とは、カタルーニャ地方で、冬から春にかけて食べられる季節限定の料理で、直火で真っ黒に焼き、サルサ・ルネスクをつけて食べる。
集落によっては「カルソッツ祭り」が盛大的に行われ、タラゴナ県ヴァルスVallsにおいて2024年1月28日に「GRAN FESTA DE LA CALÇOTADA」が開催されるほど、地元民の冬の楽しみであり、カタルーニャの伝統を味わうことができる重要な祭典であるといえる。
筆者もバルセロナで暮らしていたとき、カタルーニャ人の友人に連れられて、田舎の農家に赴き、カルソッツを食したことがある。レンガを積み立てたバーベキューグリルの上に、鉄線を用いて目刺しならぬ、大量のネギ刺しを強火で焼き上げる。そんな強火で焼いたら、丸焦げになりそうだと心配になるが、長ネギの白い表皮の、いわゆる葉鞘だけが焦げ、食べるときはその表皮をツルっと剥き、なかから顔を出す熱々のネギを食べればよいのだ。
味つけは、サルサ・ロメスクのみ。その主な材料は、アーモンド、松の実、ヘーゼルナッツ、ニンニク、オリーブ油、丸い赤ピーマン等、そこに小麦粉やパン粉、そして家によって、トマト、赤ワイン、タマネギなどを加える。
カタルーニャには、Recepta de l’ àvia という言葉がある。カタルーニャ語のそれを直訳すると「おばあちゃんのレシピ」となる。日本語では「お袋の味」が近いが、ニュアンスとしては「代々伝わる秘伝の味」という方が妙訳だろう。皆、カルソッツを食べながら、それぞれの家に伝わる秘伝のサルサの味を熱弁しあう。
このカルソッツを食べる舞台は農家であることが多い。そして、それはただの農家ではない。カタルーニャ地方に存在する伝統的石造民家を通称マシアMasiaという。マシアの歴史は中世まで遡り、さらにその起源は古代ローマ時代の植民地時代のヴィラーエ(Villae要塞化された農園)まで辿り着くといわれている。現存するものは、十七世紀以降のものが多く、州都バルセロナからピレネーに北上しても、タラゴナ平原を南下しても、マシアに出会うことができる。それらは、農村集落や都市周辺部に点在しており、豪族によって建てられた立派なものから、農民が建てた簡素なものまで様々だ。
現在では、機能や用途を現代的に更新して存続しているものがある。そのなかでも、特にレストランに転用されやすい。なぜならば、そもそもマシアは農民と深い関係を有しているものが多いからだ。民家のようなマシアは農民たちが自らの生活を営むために建てた農家であることが多い。それらは、一棟だけで建っているというよりも、家畜棟、蔵、パン焼き棟、住居棟など、一つ一つの機能のために個別の役割が割り振られており、それらの建物が集まって生活を形成していた。
現代では、それらがワインセラーや食堂、厨房、貯蔵庫などの機能に用途転用されて輝き始めているのだ。そこで、かつてと同じようにカルソッツを食べるのは、カタルーニャならではの食文化を楽しむ方法であるといえる。近年は、宿泊施設も併設し、食だけではなく、農業と観光をかけあわせたアグロツーリズモの拠点として活動しているマシアもある。
カタルーニャ地方を旅するとき、ぜひ車窓からの風景に目をこらしてほしい。眼の前に広がる広大な葡萄やオリーブなどの田園風景の先に、ポツンと農家が建っている風景を目にすると、我々日本人には遠く離れたスペインに来たことを実感させると同時に、そこから立ち上がる煙を見て、マシアで日繰り広げられる食卓の味を想像しまうのである。
1984年山形県生まれ。2006年早稲田大学理工学部建築学科卒業。06年バルセロナ建築大学留学。09年早稲田大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。12年同大学院博士後期課程修了。12~15年ドミニク・ペロー・アルシテクチュール勤務。16年YSLA ArchitectsをNatalia Sanz Lavinaと共同主宰。早稲田大学専任講師などを経て、20年東京工芸大学准教授。博士(建築学)、一級建築士。